
冬の終わりに差しかかる頃、夜の帳が降りるのが少しずつ遅くなっていく。その変化を感じるたび、私は自分の体がどこか軽やかになっていくような気がしていた。ある晩、いつものようにキッチンでハーブティーを淹れながら、ふと手元のノートに目をやった。「感じたことメモ」と書かれたそのページには、この一週間で気づいた些細な体の変化が記されている。朝の目覚めがすっきりしていた日、肩の力が自然と抜けていた瞬間、深呼吸をしたときに胸いっぱいに広がった温かさ。どれも小さな、けれど確かな体からのメッセージだった。
そのノートを始めたきっかけは、友人が何気なく勧めてくれた「リトルボディノート」という手帳だった。シンプルな白い表紙に、体調や気分を自由に書き込めるページが並んでいる。最初は何を書けばいいのか分からず戸惑ったが、次第に自分の体に意識を向ける習慣が身についていった。特に寝る前の時間、温かい飲み物を片手にその日の体調を振り返る数分間が、いつしか大切な儀式になっていた。
ある夜、ふと思いついて「自分への問い合わせ」という項目を作ってみた。今日、体は何を求めていただろう。どんな時間が心地よかっただろう。そう自分に問いかけてみると、意外なことに気づく。たとえば、午後の会議中にずっと冷えを感じていたこと。夕方、温かいスープを飲んだときに肩の緊張がほぐれたこと。夜、湯船にゆっくり浸かったあとの深い安らぎ。それらはすべて、体が「温めてほしい」と静かに訴えていたサインだったのかもしれない。
子どもの頃、祖母がよく「体が冷えると心も固くなる」と言っていた。当時はピンとこなかったその言葉が、今になって腑に落ちる。体温が下がると血流が滞り、それが自律神経のバランスを崩す。そして自律神経が乱れると、なぜか心もざわざわしてくる。眠りも浅くなり、朝の目覚めが重くなる。すべては繋がっていた。
そこで始めたのが「ゆる予定づくり」だった。きっちりとしたスケジュールではなく、体を温める時間をふんわりと一日に散りばめていく。朝は白湯を飲む、昼休みには軽くストレッチをする、夜は湯船に浸かる。そんな小さな約束を自分と交わしてみた。ただし、完璧を目指さないのがコツだ。できない日があってもいい。そう思うだけで、不思議と続けられる。
ある日の夕暮れ、窓辺でハーブティーを飲んでいると、カップを持つ手がふと止まった。外から差し込む斜めの光が、湯気の向こうでゆらゆらと揺れている。その瞬間、体の芯からじんわりと温かさが広がっていくのを感じた。それは単なる飲み物の温度ではなく、もっと深いところから湧き上がる安心感のようなものだった。そういえば最近、夜中に目が覚めることが減っていた。朝、目覚ましが鳴る前に自然と目が開くようになっていた。睡眠の質が変わっていたのだ。
実は先日、朝の支度中に靴下を左右反対に履いていることに気づいて、思わず笑ってしまった。それほど心に余裕が生まれていたのかもしれない。以前なら、そんな些細なことにもイライラしていた。けれど今は、小さなミスさえも微笑ましく思える。それもきっと、体が整ってきたからだろう。
夜、ベッドに入る前に深呼吸をする。ゆっくりと息を吸い込むと、鼻の奥にかすかに残るラベンダーの香りが広がる。吐く息とともに、一日の緊張が少しずつ溶けていく。この静かな時間が、体と心を明日へと繋いでくれる。温めること、ゆるめること、そして丁寧に眠ること。それらはすべて、自分を大切にする行為なのだと思う。体が教えてくれたこの真実を、これからも忘れずにいたい。






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