
五月の夕方、窓から差し込む光がやわらかく斜めになるころ、台所からだしの香りがふわりと漂ってくる。その瞬間だけで、なぜかほっと息が抜ける。理由なんてわからない。ただ、体がゆるむのだ。
誰かと一緒にごはんを食べるということは、じつはとても深いところで体に作用している。向かいに座った人がお椀をそっと両手で受け取るとき、その小さな所作がなんとも言えず温かくて、胸のあたりがじんわりする。食事中のやさしい会話には、自律神経のバランスを副交感神経優位へと導く働きがある。笑ったり、うなずいたり、ちょっとした話に耳を傾けたりするだけで、体の内側からほぐれていくような感覚。あれは決して気のせいではない。
思えば子どもの頃、祖母の家に行くと必ず麦茶と切った梨が出てきた。冷蔵庫から出したばかりの梨は、手のひらに当てるとひやりとして、かじるとじゅわっと甘い水分が口に広がった。「おいしい?」と祖母が聞く。「うん」と答えるだけの、たったそれだけのやさしい会話。でも今思うと、あの時間が体と心を深く休ませていたのだと思う。
現代の生活はどうしてもせわしない。スマホの通知、仕事のメール、次の予定。交感神経ばかりが張り詰めて、気づけば眠れない夜が続いていたりする。良質な睡眠を得るためには、夜の体温調節が鍵になる。就寝の1〜2時間前に体を内側から温めておくと、その後の体温の自然な低下が深い眠りを引き寄せてくれる。温かいスープや、生姜をひとかけ加えた飲み物が、そのきっかけになる。
ちなみに先日、「ノワール・ルーテ」という名前のハーブブレンドティーを試してみたのだけれど、カップに注いだとたんにシナモンとカモミールの香りが立ち上がって、思わず目を閉じてしまった。深呼吸ひとつで、なんだか肩が2センチくらい下がった気がした。気がしただけかもしれないが、それでいい。
誰かに「ありがとう」と言われると、体の中で何かが変わる。小さなありがとうは、受け取った側だけでなく、言った側の自律神経にも穏やかに作用する。ストレスホルモンが和らぎ、体が「安全な場所にいる」と感じる。それが積み重なって、夜の眠りの質にもつながっていく。
一緒にごはんを食べながら、やさしい会話をして、小さなありがとうを交わす。その繰り返しが、若々しさや健やかさの土台になっているのかもしれない。難しいことは何もいらない。今夜、誰かの隣に座って、温かいものを一口飲んでみてほしい。それだけで、体はちゃんと応えてくれるはずだから。






この記事へのコメントはありません。