
八月のある夜、ベランダに出たとき、熱がじっとりと足の裏に伝わってきた。昼間の太陽がコンクリートに蓄えた熱が、夜になってもまだそこにある。夏って、こんなにしつこかったっけ、とぼんやり思いながら、冷えたペットボトルを握りしめていた自分に気づいた。
冷たいものばかり飲んでいた。エアコンの効いた部屋に一日中いた。なんとなく疲れているのに、眠れない夜が続いていた。
これはまずい、と思ったのは、友人の茉莉花(まりか)が「最近、身体のリセット解除してる?」と聞いてきたからだ。彼女はハーブティーの入ったカップをそっと差し出しながら、「冷えたまま放置してると、自律神経がずっと緊張モードのままなんだって」と静かに言った。その言葉が、妙に胸に刺さった。
自律神経の乱れは、食事や運動、入浴などさまざまな方法で整えようとしても、なかなか改善しないことがある。
それは、原因がひとつではないからだ。夏の冷えも、スマホの見すぎも、睡眠不足も、すべてが絡み合って身体に蓄積していく。
「リセット解除」という言葉が、最近のウェルネス系ブログでよく見かけるようになった。単なるリフレッシュではなく、固まってしまった身体の状態を、意図的にほぐして元に戻すこと。デトックスという概念とも近い。
心身をリセットし、過度な情報や刺激によって引き起こされる疲労やストレスから解放されること、
それがデトックスの本質だという。
思い返せば、子どもの頃、夏になると祖母がいつも麦茶を温めて出してくれていた。「冷たいのばかり飲んだらあかん」と言いながら、湯気のたつ麦茶を木のお盆に乗せて持ってきてくれた記憶がある。当時は「なんで夏にあったかいの?」と不満だったけれど、今になってようやくわかる気がする。あの麦茶は、身体へのリセット解除だったのかもしれない。
お気に入りのインテリアブランド「ノルディカ・ルーム」で買った陶器のマグカップに、ジンジャーとシナモンのハーブティーを注ぐ。湯気が鼻をかすめて、ふわっと甘い香りが広がる。その温度が、手のひらから腕へ、ゆっくりと伝わってくる感覚。冷えていた指先が、じんわりとほぐれていく。これだ、と思った。
自律神経の乱れが改善されると、朝目が覚めて夜眠くなる、自然なリズムを取り戻しやすくなる。
良質な睡眠は、単に「長く眠ること」ではない。身体が正しい温度感覚を持ち、副交感神経が優位になってはじめて、本当の意味での休息が訪れる。
ちなみに、そのマグカップにハーブティーを注ごうとして、うっかり茶葉をこぼして床を茶色く染めてしまった。せっかくの「リセット解除タイム」の幕開けがこれか、と苦笑いしながら拭いたけれど、まあそういう小さなズレも含めて、日常なのだと思う。
夜、スマホを置いて、温かい飲み物を手に持ち、ゆっくり深呼吸をする。それだけで、身体がすこし緩む。ストレス解消というと大げさなことを想像してしまうけれど、本当はこういうことの積み重ねなのかもしれない。
自分にご褒美、という言葉がある。それは高価なものを買うことだけじゃなくて、身体を温めること、眠りの質を大切にすること、そういう小さな選択の中にこそあるんじゃないか。
夏の夜はまだ長い。でも、温かいカップを両手で包んでいると、なぜかそれが少しだけ、やさしく感じられた。






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