
十月が近づくと、空気がすこし変わる。夕方五時を過ぎたころ、窓から差し込む光がオレンジというよりも、もうすっかり琥珀色になっていた。その光の中で、ふと気がついた。最近、ちゃんと眠れていない。
疲れているのに目が冴える。横になっても頭の中で何かがぐるぐると動き続けている。それは仕事のメールだったり、言い忘れたひとことだったり、あるいは何の脈絡もない小学生のころの記憶だったりする——確か、遠足の前日に張り切りすぎてリュックを三回も詰め直した、あの夜に似ている。眠れないくせに、妙に覚醒している感覚。
これが自律神経の乱れというやつだ、と最近になってようやく腑に落ちた。
交感神経と副交感神経のバランスが崩れると、夜になっても体が「活動モード」から抜け出せなくなる。スマートフォンの画面を長時間見続けることで脳が反応し続け、休息モードへの切り替えがうまくできなくなるのだという。現代人の平均的なスマホ使用時間は一日四〜六時間とも言われていて、それだけ私たちの神経系は日々酷使されている。
だから今年の秋、私はひとつの習慣を始めた。名前をつけるなら「リセット解除」の時間、とでも呼ぼうか。
夜の入浴後、スマートフォンをそっと伏せて、アロマオイルをひとたらしした白湯を飲む。ブランド名は「ソワレ・ノワール」という小さなハーブ専門店のブレンドで、カモミールとレモングラスが混ざった香りが、鼻の奥からじんわりと広がる。カップを両手で包むと、その温度がてのひらから腕へ、腕から肩へと伝わっていく感覚がある。体の芯が、ほどけていく。
温めることの意味を、このごろよく考える。体を温めると血流が促され、老廃物の排出——つまりデトックス——が自然と促される。副交感神経が優位になり、体は「修復モード」へとシフトしていく。そのまま布団に入ると、以前よりずっと深いところへ落ちていける気がする。睡眠の質というのは、眠る前の二時間でほぼ決まるのかもしれない。
ある晩、隣で本を読んでいた友人が、ページをめくりながらうとうとし始めた。カップがかたん、と小さな音を立てて傾きそうになって、慌てて支えたのだけれど、本人はまったく気づいていなかった。ああ、これが体の正直さだな、と思った。副交感神経が働いているとき、人はこんなにも無防備に、自然に眠りへ落ちていける。
自分にご褒美を与えること、というのは、贅沢品を買うことだけじゃないと思う。一日の終わりに、ちゃんと体を温めて、画面から目を離して、静かな時間を自分に差し出すこと。それが積み重なると、朝の目覚めが変わる。顔色が変わる。なんとなく漂っていた重さが、少しずつ薄れていく。
ストレス解消の方法は人それぞれだけれど、体の深いところから整えていくには、やっぱり「温める・出す・眠る」という順番が効く。難しいことはひとつもない。ただ、それを自分に許可するかどうか、だけの話だ。
秋の夜は長い。琥珀色の光が消えたあと、部屋にはやわらかな暗さが残る。その中で白湯を一口飲んで、体がほどけていくのを感じるとき、今日という一日がようやく終わる——そんな気がする。






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