
梅雨の走りにしては妙に空気が澄んでいた、六月の早朝のことだ。まだ六時にもなっていないのに、窓の外でどこかの鳥が一声だけ鳴いて、また静かになった。その「一声だけ」という潔さが、なんとなく気持ちよかった。
電気ケトルのスイッチを入れる。シュウ、という小さな音が台所に広がって、それだけで体がほんの少しほぐれる気がする。お湯が沸くまでの数分間、ぼんやりと窓の外を眺める。空の色が、紺から淡いグレーへ、そしてやわらかなオレンジへと、ゆっくり変わっていく。この移ろいこそが、
約24時間周期で体内を整える「生体リズム」
の、目に見える姿なのかもしれない。
ケトルが鳴いた。白湯時間のはじまりだ。
陶器ブランド「ニワサキ」の小ぶりなマグカップに、50度ほどに冷ましたお湯を注ぐ。両手で包むと、じんわりと熱が手のひらに染みてくる。一口ふくむと、味のない温かさがのどを通って、胃のあたりへすとんと落ちる。
寝起きに白湯を飲むことで、自律神経を優しく目覚めさせてあげられる
と聞いてから、この習慣を始めた。最初の一週間は、正直「ただのお湯じゃないか」と思っていた。——そう、心の中で小さくツッコんでいた自分を、今では少し懐かしく思う。
体を内側から温め、体内の巡りを整えるサポートをしてくれる白湯。毎日続けることで、体質の変化を感じられるかもしれない。
その言葉の意味が、じわじわと腑に落ちてきたのは、一ヶ月ほど経ったころだった。朝の重だるさが、少しずつ薄れていった。
この「ゆらぎリズム」という言葉が、最近あちこちで目に入るようになった。一定ではなく、かといって乱れてもいない。波のような、呼吸のような、自然な揺れ。
朝食をとる、軽く体を動かす、顔を洗う——こうした朝のスイッチを複数持つと、天候や予定に左右されにくく、自律神経の安定につながる
という。白湯もまた、そのスイッチのひとつになる。
音と香りの目覚め、というのも大切にしている。白湯を飲みながら、アロマディフューザーでラベンダーとユーカリを少し焚く。鼻の奥にすっと入ってくる、あの清涼感。
寝る前の習慣として、音・香り・視覚など五感を使って副交感神経を優位にしてリラックスできる環境づくりが、良質な睡眠にプラスになる
とされているが、これは朝も同じだと思っている。五感を丁寧に使うことが、体と心のリズムを整えるきっかけになる。
子どもの頃、祖母が毎朝お茶を飲んでいた。湯気が立つカップを両手でそっと持ち、ふうっと息を吹きかけてから一口飲む、あの仕草。急かされることなく、ただそこに座っていた。あれが「整った朝」の原風景だったのだと、今になってわかる。
規則正しい生活リズムを作り、毎日同じ時間に寝起きする習慣を身につけることで、体内時計が整い、質の良い睡眠が得られやすくなる。
睡眠の質が上がると、翌朝の目覚めが変わる。目覚めが変わると、一日の輪郭がくっきりしてくる。それはまるで、ゆらぎリズムが少しずつ自分のものになっていくような感覚だ。
完璧でなくていい。毎朝きっちり同じ時間に起きられなくても、白湯を飲み忘れる日があっても。
どうしても眠い日は、起床を遅らせるより昼に短い仮眠を入れるほうがリズムは守りやすくなる
という言葉に、何度救われたかわからない。
揺れながら、整っていく。それでいい。今日も、ケトルのスイッチを入れるところから始めよう。






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