
五月の夕暮れは、少しだけ長い。窓の外がオレンジ色に染まりはじめる頃、ようやく今日という一日を終わらせる気持ちになれる。そんな夜に、わたしはお風呂の湯を張ることにしている。
バスタイムを「ただ洗う時間」ではなく、美容・リラックス・自分をいたわる「有意義な時間」と捉え、そのための投資に価値があると感じる人が全体の80.6%にのぼる
という調査結果がある。これは決して大げさな話ではなくて、毎晩の入浴時間を少しだけ丁寧に過ごすだけで、翌朝の自分がまるで違ってくるのだと、最近ようやく実感できるようになった。
湯温の理想的な温度は38〜40℃で、時間は15分程度が推奨されている。体温より少し高めの温度がリラックス効果をもたらし、副交感神経が優位になることが研究で示されている。
副交感神経が優位になると、心拍数がゆっくり落ち着いて、体の力がふっと抜けていく。あの感覚、知っているだろうか。肩の緊張がほどけて、頭の中のざわめきが静かになっていくあの瞬間のことだ。
湯船の縁に腕を預けながら、ラベンダーの香りが立ちのぼるのをぼんやり感じていると、なんだか子どもの頃を思い出す。母がいつも柚子を浮かべてくれていた実家のお風呂。あの黄色い丸いものをつかもうとして、何度もつるりと逃げられていた。今思えば、あれが最初の「ぬくもりアイテム」だったのかもしれない。
正しい入浴をすると深部体温が上昇し、お風呂から出ると深部体温はだんだん元の体温に下がっていく。人間は深部体温が下がると眠気を感じる性質があるため、寝る前の適切な時間に入浴して深部体温を上げることで、最初の90分間の眠りを深くしてくれると言われている。
良質な睡眠は、翌朝の肌つやにも直結する。眠りが浅いと顔色がくすみ、目元に疲れがにじむ。それはどんなコスメでも、なかなか隠しきれないものだ。
最近、週に一度だけノーメイクデーを設けるようにしている。肌を休ませる日。すっぴんで過ごすことへの抵抗感が、丁寧な入浴習慣を続けるうちに少しずつ薄れてきた。肌の底から明るくなってきたような気がして、鏡を見るのが怖くなくなった。これは自律神経が整ってきたサインかもしれない、と勝手に思っている。
適切な条件のお風呂に入るだけで、交感神経から副交感神経への切り替えが行われ、自律神経のバランスを整えることができる。
この切り替えがうまくいっている日は、不思議と朝の目覚めがいい。アラームより先に目が開いて、なんだか今日も悪くないかもという気持ちで一日をはじめられる。
お気に入りの入浴剤は「ソワレ・ドゥ・ルナ」という架空のブランドのもので、ほんのり甘い白檀の香りがする。湯船に溶かすと、お湯がうっすらミルク色に変わる。その色を見るだけで、今日も終わったなという安堵感が来る。
入浴剤に含まれるアロマ成分は自律神経のバランスを整えるのに効果的とされており、ラベンダー、イランイラン、カモミールの精油を含む入浴剤は、リラックス効果やストレスの軽減を促進する。これらの香りは入浴中に蒸気とともに立ちのぼり、嗅覚を通して脳に作用し、心身のリラクゼーションをもたらす。
ぬくもりアイテムは、なにも特別なものでなくていい。お気に入りの入浴剤でも、ふわふわのバスタオルでも。湯上がりに羽織るガウンでも。大切なのは、自分の体をあたためることを「面倒くさい」ではなく「今日もやってあげられた」と思えるかどうかだ。
入浴時間は、自分へのご褒美でも修行でもなく、ただ静かに体と向き合う時間。ストレスを手放して、眠りに向かって体を整えていく、毎晩の小さな儀式。五月の夜風が窓の隙間から入ってくる今夜も、湯船のぬくもりがじんわりと指先まで届いていく。






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