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五月の夜は、まだほんの少し肌寒い。窓を細く開けると、どこかから金木犀に似た甘い夜気が流れ込んでくる気がして、ああ、今日も一日が終わったんだなと思う。そんな静かな時間に、わたしはヨガマットをリビングの端に広げる。ブランド名もよくわからない、友人からもらった薄いグリーンのマット。「ヴェルダ・ライフ」というロゴが端っこに入っていて、なんとなくおしゃれな気がして気に入っている。
ストレッチを始めたのは、去年の秋ごろだった。仕事帰りに肩が石みたいに固まっていて、鏡を見たら顔色がくすんでいた。何かが少しずつ、ずれていた。そのころから、寝る前の数分だけ体を伸ばすことを習慣にした。最初は三日坊主を覚悟していたのに、気づけばもう半年以上続いている。自分でも少し驚いている。
寝る前にストレッチをすると、日中の活動で緊張状態になった筋肉がほぐれていき、体を活動的にする交感神経が鎮まり、副交感神経が優位になっていく。
これを知ったとき、なんとなく腑に落ちた。眠れない夜は、体がまだ「戦闘モード」のままだったのだと。
まず始めるのは深呼吸だ。背筋を伸ばして、鼻からゆっくり息を吸い込む。お腹がふわっと膨らむのを感じながら、今度は口からゆっくり吐き出す。
息を吐くときには副交感神経が優位になると考えられており、呼吸のリズムにあわせて自律神経も切り替わるような仕組みがある。
だから吐く息を長くするのがコツで、吸う倍の時間をかけて吐くようにしている。これだけで、肩の力がすとんと抜ける感覚がある。
深呼吸の後は、ゆっくりとしたストレッチに移る。首を左右に傾けて、こっている筋肉に語りかけるように伸ばす。肩甲骨をぐるりと回すと、ぱきっと音がして、ちょっと恥ずかしい気持ちになる。誰も見ていないのに。次に仰向けになって膝を倒し、背骨をじんわりとねじる。
交感神経の通り道は背骨の近くにあるため、背骨の動きが悪いと副交感神経がなかなか作動しなくなる。
だから背中を動かすことが、眠りへのスイッチを押すことにもなる。
そしてもうひとつ、最近取り入れているのがゆる筋トレだ。激しい運動ではなく、体幹を意識しながらゆっくり動かすだけ。仰向けで膝を立て、お尻をそっと持ち上げて数秒キープする。たったこれだけで、お腹の奥がじんわりと温かくなる。
自律神経をリラックスさせると共に、少し深部体温を上げることで、布団に入ったとき体温が一気に下がりやすくなる。
この体温の上下がスムーズに訪れることで、自然な眠気が生まれてくるのだ。
ストレッチを行うときは体を冷やさないことが大切で、体が温まっているお風呂上がりに行うのが理想的だという。
確かに、冷えた体のままでは筋肉が固く、気持ちよく伸びない。わたしはぬるめのお湯に十分ほど浸かってから始めるようにしている。そのほうが、体がするりとほぐれていく感じがある。
子どもの頃、母がよく「冷えは万病のもと」と言っていた。当時はあまり気にしていなかったけれど、今になってその言葉が体に染みる。体を温めること、呼吸を整えること、そして静かに体と向き合うこと。それがそのまま、自律神経を整えることにつながっているのだと思うと、なんだか母の言葉が少しだけ更新された気がする。
ストレッチを終えた後の体は、不思議なほど軽い。部屋の照明を落として布団に入ると、五月の夜風が窓の隙間からそっと入ってきた。目を閉じると、今日一日の重さがゆっくりと溶けていくような気がした。






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